2010年07月23日

黒主山が祇園祭にあるのはどうして?

黒主山くろぬしやまは
大伴黒主を祀り、
謡曲 志賀を題材にしている。

といわれても、大伴黒主も知らないし、謡曲志賀も内容を全然知らないので、調べてみたのは以下。

 黒主の経歴は、近江国滋賀郡大友郷の人。貞観年間、園城寺神祀別当となる。鴨長明『無名抄』に没後近江国志賀郡に祭られたとの記事がある。六歌仙の一人で、平安時代の歌人だけれど、生没年不詳。

(「宝生の能」平成13年3月号より)謡曲 志賀のお話はーー。
時の帝に仕える臣下が、江州志賀に今を盛りの山桜を見に行きます。そこへ、重い薪に花を折り添えた老若二人のきこりが現れて花の木陰で休むので、それは花見のためか、又は薪が重いからか、と臣下は老人に尋ねます。すると老人は、大伴黒主の歌を引いて薪に花を添えたわけを話し、花陰に休むことは卑しい身に不似合いだけれど、黒主を偲んでのことだから許してほしいと言います。そして、延喜の聖代には歌道が盛んであったことと共に歌の徳を讃え、自分はもとは黒主と呼ばれていたが、今では山の神と人は見ていると言い、夕雲に隠れ志賀の宮へ帰って行きます。土地の者から志賀明神のいわれや志賀の山桜についてさらにくわしく聞いた臣下が、その夜桜の木陰で臥していると、歌舞の音がして黒主の霊が志賀明神の姿となって現れ、春を喜び聖代を祝い、神楽の舞を舞います。

じゃぁ、どうして、大伴黒主が、京都祇園祭の山になっているのよ?を 勝手に私が推測するに、昔、京都中京の中心で商業を活性化させたのは近江衆、近江商人だったなんてのを読んだことがある。そのあたりからきているのでしょうか?
春さめのふるは涙か桜花散るを惜しまぬ人しなければyama22.jpg京都 祇園祭 黒主山


posted by 祇園さん at 03:32| 黒主山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

大伴黒主が桜の花を仰ぎみる姿 

黒主山 (くろぬしやま) の御神体、歌人の大伴黒主 (おおとものくろぬし)が、
桜の花を仰ぎみる姿。

御神体は、寛政元年の銘がある。
寛政元年は、1789年。

すっげー古いなぁ。
鉾は、他の鉾と違って、黒いのが、かっこーって感じです。
yama67.jpg 
黒主山 京都 祇園祭
posted by 祇園さん at 01:02| 黒主山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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